ホンマゴルフの変遷

ホンマの歴史

1958年に本間ゴルフの前身「鶴見ゴルフセンター」開業したときに横浜市鶴見区でゴルフ場を開業しました。

1963年には限会社本間ゴルフクラブ製作所を設立し、ゴルフクラブの製造が始まります。

1972年に有限会社鶴見ゴルフセンターを有限会社ホンマに商号変更し翌年には業界のトップを切ってブラック(カーボン)シャフトクラブを発売しました。

1976年にはゴルフ関連用品が発売され、1990年には株式会社ホンマを株式会社本間ゴルフに商号変更し現在に至るとうわけです。

東京を本社に構える株式会社本間ゴルフは2008年で創業50年を迎えました。

ホンマのものづくり

ホンマゴルフと言えば高級ゴルフクラブ用品メーカーとしてご存知な方も多いでしょう。

例えば、ホンマのクラブでアイアン10本セットの場合のお値段ですが50万円くらいするんですよ。

まさにゴルフクラブのパイオニア的メーカーと言えますよね。

ホンマのゴルフクラブはカーボンシャフト(ブラックシャフト)クラブを日本で最初に販売したゴルフクラブメーカーでもあります。

曲げ、よじれ、つぶれに強いカーボン繊維を使用したシャフトは、しなやかにしなります。

そして最近では新商品としてNEWアーマックは、カーボン繊維がきめ細かくなったことで、シャフトの剛性とともに、しなりやすさもアップしています。スイング中のシャフトの変形を抑え、正確でスクエアなインパクトを可能にするだけでなく、しなりのエネルギーでヘッドを走らせ、大きな飛距離をもたらします。

飛距離を追及したい!という女性にもオススメですよ。

ホンマゴルフ クラブ

ホンマの暗雲

ゴルファーの間では木製ウッドが主流だったころは『パーシモン(persimmon:柿) といえばホンマが一番』といわれるほど、ホンマはゴルファーに愛されていました。

しかし1995年以降になると世間ではすでにチタン、メタルといった金属製のウッドが主流となってきました。

しかしホンマはこの当時であってもパーシモン主流を貫き通します。

そして他のゴルフメーカーに遅れをとってしまうことになり、ホンマのゴルフクラブの売上は伸び悩んでしまうという結果になりました。

バブル崩壊後は国民の高級品思考が薄れ、ホンマのゴルフクラブは不景気を迎えてしまいます。

そして2001年にはホンマの創業者である本間敬啓氏が、脱税を行ったということで逮捕されたほか、ゴルフ場経営などにも事業を拡大したことにより資金に困り、2005年6月に民事再生法の適用を東京地方裁判所に申請することとなってしまいました。